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餌を待つ雛鳥ではいられない

世はいま、何にしたって批判の嵐だ。

国がAプランにしたってBプランにしたって批判
芸能人の些細な言動に批判や炎上さらには失墜させる
報道にも、感染者の方々にも、

なんでもかんでも批判、批判、ひたすらに批判。

 

有名な寓話「ロバの親子」のように

なにをどうしたって批判する人はどんな時も一定数いるものだ。

とはいえ、今この状況、

その割合がものすごく高まっているように見受けられる。


その根底には
それぞれの「恐れ」があるからだろう。

***

誰かは誰かのせいにする。

ウィルス感染も、医療の崩壊危機も、
自国への侵入も、仕事が無くなったことも、
お金が無いのも、明日への不安も、すべて

(自分ではない)誰かのせい。


そうでもしないと、

誰かのせいにしないとやっていられない程に、恐れているのだ。

 


自分はきちんとやっている、
きちんとやらない奴が悪い。

という批判は、


裏を返せば、
自分がこんなに我慢しているのに許せない!だ。
外出自粛を続けている人が平気で街を歩いている人に対し抱きがちな感情だ。

お前らみたいな奴のせいで自分が我慢しなくちゃならなくなったんだ!(感染拡大はお前らのせいだ)
なぜ自分だけこんな目に遭わなければならないんだ!(こっちは我慢して真面目に自粛してるのに!)

という感情もあるのだろう。

君は偉い、きちんとやっている、正しいと言ってもらいたくて(誰かに認めてもらいたくて安心したくて) 自分はきちんとやっています!とわざわざ主張するタイプの人もいる。


ただただ、ひたすら滑稽だ。

 

 

他に方法が本当にないのだろうか。

責任ってなんだろう。
ウィルスが進化して人間の脅威になったことの責任の所在なんて、そもそもない。
自然の流れだ。

 

ヒトとウィルスはこれまでもずっと共存してきた。



怖いのはわかる。
目に見えないウィルス。
先の見えない未来。
これからどうなって行くのだろう。
感染したら村八分にされるかも。
感染に気づかず運んでしまったらどうしよう。
お金が底を尽きたらどうしよう。
明日のごはんは食べられるのか。
仕事は見つかるだろうか。


そのたくさんの恐れが、
彼等を“そう”させるのかもしれない。
いつの時代かに、悪魔や悪霊と言われたそれだ。
それがたくさんの人に憑いてるいるような風潮。


恐れを起因とした怒りが湧くのだ。
怒りが湧くと、人は攻撃し出す。

その「恐れからくる怒りの矛先」を誰彼構わず向ける。
鼻につくもの癪に障るものあちらこちらに。

これはまるで八つ当たりだ。

名も知らぬ他者を批判し、
政府や批判し他国を批判し、
不安を煽るなと報道を批判し、
しまいには自分より良い生活をしている人を批判し...
妬み嫉み僻みもごちゃ混ぜになってもう目に付いたものすべてが気に食わなくて息をするように批判している人がどれだけ多いことか。

 

それがちょっとしたガス抜きのつもりなら、

それは本当の意味でのガス抜きになっているのだろうか。

 

 

感染者の素性や感染時の行動、酷いものだと個人情報まで晒して責めに責めて正義ヅラしている人がいる。
(ヒーローか何かと勘違いしている)

そしてそれを平気で拡散する人がいる。
(上に同罪…いや、むしろ厄介)

医療関係者や患者さんに差別的アクションをとる人がいる。
(もはや人としてアウト)

政府が会見する度に何にしたって気に食わなくて文句ばかりを並べたて弾叫する人がいる
(結局ロバの親子)

我先にと人を押しのけてまで買いだめに走る人がいる
(自分さえ良ければそれでいい)

マスクが無いことに腹を立て店員さんに怒鳴りつける人がいる
(これはもう癇癪起こした赤ちゃん)

「自分はコロナだ」とわざと騒ぎ立てる人がいる
(むしろ可哀想なほどの構ってちゃん)

 

あとは世界的にDVが増えているというのもありましたね
(追い詰められると手近な人に攻撃する弱き者)

 

 


普段どんなに良い顔していても、
こういう時に見えますね。
たくさんの人の本性が見事に露呈しています。

こういう時に、見極めるといいかもしれませんね。

 

今後、自分は、誰と共に生きるか? を。

 

 

 

***
きっともう、どうしたら良いかわからないのだろうな。それを考える余裕もない。
明日生きるか死ぬかのギリギリの場所で生きている(としか思えないで生きている)

それほどまでに、恐れている。



脳って本来はものすごく性能は良いけど、
(現代の我々ヒト自体の性能がイマイチなもので実際我々が今使いこなせている部分ってほんの僅かだから)
脳って簡単に騙せてしまうわけです。

怖い怖いと言い続ければ本当に怖い気がしてきてもうどんどん怖いとしか思えなくなるし、
嫌だ嫌だと言い続ければ徐々になんもかんもが嫌になってくる。

肝試しとかわかりやすい例。自己暗示みたいな。

それで幻覚みたりもしますし、実際に霊やなんかも寄ってきますし。

「こうだ!こうだ!」と思っていると実際そうなる。その世界になる。


あとは、
影響力のある人間の意見を盲目的に信じきっちゃうパターン。あの人が言うのだから間違いない、とか。
これはどんどん自分が空っぽになるので要注意。
自分の意志というものがどんどん見えなくなっていきます。

 


情報は、質の見極めと距離感が大切。
あれもこれもと入れてしまうと大切なことを見失いかねません。

ピリピリもやもやするようなら一旦離れましょう。


***

きっとじっくり観察なんかもできる余裕はないのだろうし、
視点を変えてみることもできないほどに、
追い詰めてられている。

 

とはいえ、それ
実は自分で自分を追い詰めているだけなのかもしれませんよ。

 

***


「それどころではない!」とシャットアウトしてしまうと、大切な事も入ってこなくなる。

大事な事が入ってこなくなれば、
生きる道が見つかることは無い。

人を思いやる心も、忘れてしまうのだろう。

まるで、耳を塞いで
怖い怖い!とひたすらに叫んでいるだけの
出来の悪いロボットのように。


***


我々は、餌を待つひな鳥ではない。


ぴーぴー叫びながら口を開けていても、
親鳥が餌を運んできてはくれないのだ。

国が助けてくれるとあてにしていては、
誰がが救ってくれるとあてにしていては、
生き抜けない。

生きるんだ。
生きていくしかないんだ。

 

まずその1歩目は、自力で。

 

RIU

 

 

 

***

 

この記事も、安易に信じ受け入れてはいけません。

これも、あくまでも個人の目線に過ぎません。

どこから見るか、なにを見るか、

どこを受けとり、なにを信じるかは

自分で決めるものです。

 

これからは本当の意味で意思を共感できる人達のみでの小規模のコミュニティー構築が肝になってきます。いずれは徐々に輪を広げていくわけですが、まずは小規模から。

私自身そのような尊敬信頼し合える仲間を集うアクションも検討中です。来年あたりから。

もし名乗りを上げる方がいらっしゃいましたら、お知らせください。

あと今日こんなおもしろいの見つけた!

 

「密ですゲーム」

https://gigazine.net/news/20200420-mitsudesu/

 

このくらいのユーモアあっても素敵よね✨